球磨村 福寿山・神照寺の銀杏
2011年12月 4日 球磨村 福寿山・神照寺の銀杏
国道219号線を走っていると、大きな銀杏が黄葉しているのが見えたので寄ってみました。神照寺の本堂に上る石段の脇に銀杏と他の木?があたかも1本の木のように立っていました。銀杏はかなりの樹齢なのでしょう樹乳(気根)も見られる大きな銀杏でした。
本堂に上がって行くと、おられたご住職が「いらっしゃい。これから熊本に帰られるのだと大変ですね。気を付けてお帰り下さい。」と声を掛けて頂き、石段を下りかけた所に、お寺で作られた絵葉書ということでお持ち頂き、ありがたく頂いてきました。
『福寿山 神照寺
創建 永正八年(1511) 嬾鶖和尚
本尊 聖観音菩薩
一、寺称の由来として「万治三年(1660)大洪水があり、住吉神社の御神体が流れて高音の瀬に沈み、
夜々その御神体が光を放ち寺を照した。それより神照寺と称するようになった」とある。又、村名も神瀬村
と書くようになった。
二、本殿裏には、相良二十代長毎公の分骨碑と追腹を切った士の供養塔が建ててある。
三、相良氏は江戸参勤の際、舟より降り本寺に休息した。寺下には仮屋・茶屋の地名が残り、近くには改所
(番所)もあった。
四、明治七年、稲荷神社前にあった神照堂での開学が、神瀬小学校(仮屋学校)の起源となった。』
こんな根元に気根があるのも珍しいです。



あたかも1つの木の様です。
本堂
頂いた絵葉書の一部
場 所

国道219号線を走っていると、大きな銀杏が黄葉しているのが見えたので寄ってみました。神照寺の本堂に上る石段の脇に銀杏と他の木?があたかも1本の木のように立っていました。銀杏はかなりの樹齢なのでしょう樹乳(気根)も見られる大きな銀杏でした。
本堂に上がって行くと、おられたご住職が「いらっしゃい。これから熊本に帰られるのだと大変ですね。気を付けてお帰り下さい。」と声を掛けて頂き、石段を下りかけた所に、お寺で作られた絵葉書ということでお持ち頂き、ありがたく頂いてきました。
『福寿山 神照寺
創建 永正八年(1511) 嬾鶖和尚
本尊 聖観音菩薩
一、寺称の由来として「万治三年(1660)大洪水があり、住吉神社の御神体が流れて高音の瀬に沈み、
夜々その御神体が光を放ち寺を照した。それより神照寺と称するようになった」とある。又、村名も神瀬村
と書くようになった。
二、本殿裏には、相良二十代長毎公の分骨碑と追腹を切った士の供養塔が建ててある。
三、相良氏は江戸参勤の際、舟より降り本寺に休息した。寺下には仮屋・茶屋の地名が残り、近くには改所
(番所)もあった。
四、明治七年、稲荷神社前にあった神照堂での開学が、神瀬小学校(仮屋学校)の起源となった。』
こんな根元に気根があるのも珍しいです。



あたかも1つの木の様です。
本堂
頂いた絵葉書の一部
場 所










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