玉名市 伊倉地区・唐人舟繋ぎの銀杏(2016年)
2016年12月 3日 玉名市 伊倉地区・唐人舟繋ぎの銀杏(2016年)
まだ一番の見頃には少し早いようでした。幹は朽ち、その中に小さな祠が置かれていました。本来の幹は残っているのと思わせるようにひこばえでしょうか5本ほどの幹が伸びています。
県道1号線からも黄葉した姿が見えたので寄ってみました。銀杏に向かっていくと、坂道の上り口に櫻井川(さくらいごう)と呼ばれる湧水があり、唐人船がつながれる遠い昔の風景が思い起こされるようでした。
『唐人舟繋ぎの銀杏
樹齢700年、幹回り8m、高さ25mの銀杏の大木である。伊倉台地の下一帯は丹倍津(にべつ)と言われた港で唐船や南蛮船が出入りして貿易港として栄えた頃、船を繋いだと伝えられているが、一説には港の目標か、「下地中分」の境点にしたのではないかともいわれている。「唐人舟繋ぎの銀杏」は県指定天然記念物である。1950年頃茶の研究者が銀杏の近くに石囲いで大切に保存されていた「唐茶の原木」を発見したが、その後、がけ崩れで消滅した。平成5年地元有志の努力で復活し毎年窯炒り茶を作って「唐茶試飲会」が行われている。唐茶は「皇ろ茶・苦茶」ともいわれ、中国広東省が原産地であり、葉の表面が凹凸で普通の葉より3倍近くも大きいのが特徴である。』







道路下から 土手に根が張っていました。



銀杏からの坂道を下った所に、「櫻井川(さくらいごうさん)」がありました。
『櫻井川(ごう)は港の湧水
伊倉が南蛮貿易港として栄えた秘話の一つに水があったと言われている。伊倉の水は大変良質で腐らない。何日もの船旅では大事なことであった。
極楽坂と地獄坂の合流地点旧桜井村にあるので桜井川という。伊倉十三川(ごう)の中では最も良い状態である。がっては湧水量も豊富で、夏にあふれ出る水は冷たく、俳優の笠智衆氏も玉中時代、学校帰りに休んでいたという。阿蘇山金峰山系の伏流水が何百年もの歳月をかけて磨き抜かれ、ようやく湧き出てきた清水である。
又ヽ吉利支丹墓地の西側ふもとには八竜の神を祀った「八竜川」がある。』
場 所

まだ一番の見頃には少し早いようでした。幹は朽ち、その中に小さな祠が置かれていました。本来の幹は残っているのと思わせるようにひこばえでしょうか5本ほどの幹が伸びています。
県道1号線からも黄葉した姿が見えたので寄ってみました。銀杏に向かっていくと、坂道の上り口に櫻井川(さくらいごう)と呼ばれる湧水があり、唐人船がつながれる遠い昔の風景が思い起こされるようでした。
『唐人舟繋ぎの銀杏
樹齢700年、幹回り8m、高さ25mの銀杏の大木である。伊倉台地の下一帯は丹倍津(にべつ)と言われた港で唐船や南蛮船が出入りして貿易港として栄えた頃、船を繋いだと伝えられているが、一説には港の目標か、「下地中分」の境点にしたのではないかともいわれている。「唐人舟繋ぎの銀杏」は県指定天然記念物である。1950年頃茶の研究者が銀杏の近くに石囲いで大切に保存されていた「唐茶の原木」を発見したが、その後、がけ崩れで消滅した。平成5年地元有志の努力で復活し毎年窯炒り茶を作って「唐茶試飲会」が行われている。唐茶は「皇ろ茶・苦茶」ともいわれ、中国広東省が原産地であり、葉の表面が凹凸で普通の葉より3倍近くも大きいのが特徴である。』

道路下から 土手に根が張っていました。
銀杏からの坂道を下った所に、「櫻井川(さくらいごうさん)」がありました。
『櫻井川(ごう)は港の湧水
伊倉が南蛮貿易港として栄えた秘話の一つに水があったと言われている。伊倉の水は大変良質で腐らない。何日もの船旅では大事なことであった。
極楽坂と地獄坂の合流地点旧桜井村にあるので桜井川という。伊倉十三川(ごう)の中では最も良い状態である。がっては湧水量も豊富で、夏にあふれ出る水は冷たく、俳優の笠智衆氏も玉中時代、学校帰りに休んでいたという。阿蘇山金峰山系の伏流水が何百年もの歳月をかけて磨き抜かれ、ようやく湧き出てきた清水である。
又ヽ吉利支丹墓地の西側ふもとには八竜の神を祀った「八竜川」がある。』
場 所
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