南関町 「古小代の里公園」の梅(2017年)

2017年 2月15日   南関町 「古小代の里公園」の梅(2017年)
 ここは例年、紅梅が早くに咲き、白梅は3月に入っての見頃となります。紅梅は見頃の時期なのでしょうが、折角咲いた花が先日の寒波で傷んでしまったものが多いようで、昨年のような花は残念ながら見ることができませんでした。白梅はまだ蕾で花を見ることはできませんでした。

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画像古小代の里公園
 古小代の里公園は、寛永9年(1632)、細川忠利公が肥後の国に入国の際に、豊前の国から移り住んだ陶工の手によって始められた肥後熊本を代表する小代焼発祥の地です。江戸時代の窯跡(瓶焼窯、瀬上窯)が当時の水漉し場や口クロ場跡とともに保存されており、県の指定文化財に指定されています。』
画像送水管、水槽 陶土の水漉し場跡
 瓶焼川の上流約50mのところから、土管を埋設して水を引き、石で囲った水槽に溜めていました。水漏れ防止のための工夫はされていませんが、水槽としての役目は十分果たしていたのでしょう。
 土漉しのことを水簸(すいひ)といいますが、これは水の力を利用して小石や砂粒を除き、目の細かい粘土だけを集める方法です。外槽(そとふね)は石やレンガを漆喰(しっくい)で塗り込め、中槽(なかふね)は板で四角い箱を作って埋めたものでした。この水簸槽と構造の同じものが、今でも現役で使われている窯場が大分県には残っています。』
画像ろくろ(車壺)跡
 むかしの蹴轆轤(けろくろ)は、地面に穴を掘ってすえられており、車壷(くるまつぼ)と呼ばれていました。粘土をのせる回転板が土間とほぼ同じ高さになるよう作られていたのです。これは大物を作ったときに大変便利で、重い品物も横へずらせば、楽にろくろからおろせます。瀬上窯跡では車壷が8基並んで出土しました。大量生産が行われていたことがうかがえます。車壷の発掘は全国でもはじめての例です。』

場 所


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